これは、私が夫を追い詰めていたと気づかなかった頃の話。
悪意はなかった。むしろ、愛していた。
それでも私は、知らないうちに夫を傷つけていた。
第1話は、私たちの結婚当初のことから始まります。
結婚したとき、私はとても幸せだった

夫と結婚したのは、30代前半のことだった。
プロポーズは、夫からだった。交際も、夫から申し込んでくれた。いつも私のことを大切にしてくれて、「この人となら大丈夫」と思えた。
結婚式をしなければと思っていた。家も買わなければと思っていた。「結婚したらこうするべき」という像が、私の中にはっきりとあった。
でも結婚式は、コロナで中止になった。悔しかった。悲しかった。ふたりで苦しい時期を乗り越えたはずだった。
なのにその後、夫の口から出てきた言葉は——想像もしていなかったものだった。
夫のことが好きだった。それは、今も変わらない事実だ。
でも「好き」だけでは、うまくいかないことがある。
それを知るのは、もう少し後のことだった。
私はどんな妻だったか——正直に書く

結婚してすぐ、私の「きつさ」が出始めた。
洗い物のすすぎ方、洗濯物のたたみ方、掃除の手順——夫のやり方が気になって、つい口を出してしまう。「そこ、違うよ」「なんでそうするの?」が口癖になっていた。
悪気はなかった。「こうした方がうまくいく」という、親切心のつもりだった。でも今思えば、完全に上から目線だった。
機嫌が悪い日は、態度に出た。夫が帰ってきても食事中ずっと無言。何か話しかけられても「ふーん」で終わらせる。ため息をつく。
夫が萎縮していくのは、分かっていた。
それでも、止められなかった。
なぜそうなってしまったのか——3つの「当たり前」

今になって振り返ると、あの頃の私には3つの「当たり前」があったと思う。
周りの人たちも、夫の悪口や愚痴をよく話していた。「うちの夫がさ〜」という会話が当たり前の環境にいた。幸せそうに夫婦のことを話す人が、周りにいなかった。夫婦ってそういうものだ、と思っていた。
夫から交際を申し込まれ、プロポーズもしてもらった。「この人は私のことが好き」という状態が、いつの間にか当然のことになっていた。感謝を忘れていた。
私は夜勤があって、夫とすれ違う時間が多かった。休みの日もなかなか合わない。だからこそ「せっかく一緒にいられる時間は、ふたりで過ごすべき」と思っていた。でも夫は、結婚してからも実家にちょこちょこ帰っていた。最初は気になる程度だったのが、いつの間にか「私より親が大切なんだ」という気持ちに変わっていた。
今思えば、夫は何も悪いことをしていなかった。でもあの頃の私には、自分の「こうあるべき」と違うことが、全部責める理由になっていた。
幸せな夫婦を、見たことがなかった

もうひとつ、今になって気づくことがある。
私の周りには、夫婦関係を幸せそうに語る人が、いなかった。
愚痴を言い合う夫婦、すれ違っている夫婦、表面上は仲良さそうでも本音は違う夫婦——そういう関係が「普通」の景色だった。だから、幸せな夫婦がどんなものか、イメージすらできなかったんだと思う。
でも一番の問題は、その根っこにあるものだった。
夫を責めていたのは、愛情からじゃなかった。
依存していたから。
夫がいないと、自分が保てなかった。夫の反応で、自分の気持ちが上がり下がりしていた。その依存が、責めるという形で出ていたんだと——気づくのは、ずっと後のことだった。
知らなかっただけだった。
夫婦が穏やかに笑い合える関係が、ちゃんと存在することを。
そしてそれは、努力で手に入るものだということを。
次の話では、あの夜のことを書く。
夫が静かな目で、こう言った日のことを。
「離婚してほしい」
第1話のまとめ
