無自覚モラハラ妻だった私①結婚当初から夫を追い詰めていたと気づいた話

【体験談】

これは、私が夫を追い詰めていたと気づかなかった頃の話。

悪意はなかった。むしろ、愛していた。
それでも私は、知らないうちに夫を傷つけていた。

第1話は、私たちの結婚当初のことから始まります。

結婚したとき、私はとても幸せだった

結婚・幸せなイメージ

夫と結婚したのは、30代前半のことだった。

プロポーズは、夫からだった。交際も、夫から申し込んでくれた。いつも私のことを大切にしてくれて、「この人となら大丈夫」と思えた。

結婚式をしなければと思っていた。家も買わなければと思っていた。「結婚したらこうするべき」という像が、私の中にはっきりとあった。

でも結婚式は、コロナで中止になった。悔しかった。悲しかった。ふたりで苦しい時期を乗り越えたはずだった。

なのにその後、夫の口から出てきた言葉は——想像もしていなかったものだった。

夫のことが好きだった。それは、今も変わらない事実だ。

でも「好き」だけでは、うまくいかないことがある。
それを知るのは、もう少し後のことだった。

私はどんな妻だったか——正直に書く

家の中・日常のイメージ

結婚してすぐ、私の「きつさ」が出始めた。

洗い物のすすぎ方、洗濯物のたたみ方、掃除の手順——夫のやり方が気になって、つい口を出してしまう。「そこ、違うよ」「なんでそうするの?」が口癖になっていた。

悪気はなかった。「こうした方がうまくいく」という、親切心のつもりだった。でも今思えば、完全に上から目線だった。

機嫌が悪い日は、態度に出た。夫が帰ってきても食事中ずっと無言。何か話しかけられても「ふーん」で終わらせる。ため息をつく。

夫が萎縮していくのは、分かっていた。

それでも、止められなかった。

なぜそうなってしまったのか——3つの「当たり前」

振り返る・考えるイメージ

今になって振り返ると、あの頃の私には3つの「当たり前」があったと思う。

1
夫婦の愚痴を言い合うのが「普通」だと思っていた
周りの人たちも、夫の悪口や愚痴をよく話していた。「うちの夫がさ〜」という会話が当たり前の環境にいた。幸せそうに夫婦のことを話す人が、周りにいなかった。夫婦ってそういうものだ、と思っていた。
2
好かれているのが「当たり前」になっていた
夫から交際を申し込まれ、プロポーズもしてもらった。「この人は私のことが好き」という状態が、いつの間にか当然のことになっていた。感謝を忘れていた。
3
「夫婦はこうあるべき」という強い理想があった
私は夜勤があって、夫とすれ違う時間が多かった。休みの日もなかなか合わない。だからこそ「せっかく一緒にいられる時間は、ふたりで過ごすべき」と思っていた。でも夫は、結婚してからも実家にちょこちょこ帰っていた。最初は気になる程度だったのが、いつの間にか「私より親が大切なんだ」という気持ちに変わっていた。

今思えば、夫は何も悪いことをしていなかった。でもあの頃の私には、自分の「こうあるべき」と違うことが、全部責める理由になっていた。

幸せな夫婦を、見たことがなかった

静かな夜・窓のイメージ

もうひとつ、今になって気づくことがある。

私の周りには、夫婦関係を幸せそうに語る人が、いなかった。

愚痴を言い合う夫婦、すれ違っている夫婦、表面上は仲良さそうでも本音は違う夫婦——そういう関係が「普通」の景色だった。だから、幸せな夫婦がどんなものか、イメージすらできなかったんだと思う。

でも一番の問題は、その根っこにあるものだった。

夫を責めていたのは、愛情からじゃなかった。
依存していたから。

夫がいないと、自分が保てなかった。夫の反応で、自分の気持ちが上がり下がりしていた。その依存が、責めるという形で出ていたんだと——気づくのは、ずっと後のことだった。

知らなかっただけだった。

夫婦が穏やかに笑い合える関係が、ちゃんと存在することを。
そしてそれは、努力で手に入るものだということを。

次の話では、あの夜のことを書く。
夫が静かな目で、こう言った日のことを。

「離婚してほしい」

第1話のまとめ

30代前半で結婚。結婚式もしなければ、家も買わなければという義務感が強かった。結婚式はコロナで中止になった
夫のやることに口を出し、機嫌が悪いと態度に出す——そんな妻だった
愚痴が普通の環境・好かれて当然という慣れ・「一緒にいるべき」という強すぎる理想が重なっていた
根っこにあったのは依存だった。夫がいないと自分が保てなかった。それに気づくのはずっと後のことだった

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