あの夜のことは、今でも鮮明に覚えている。
何気ない夜だった。特別なことは何もなかった。
なのに夫は、静かな目でこう言った。
「離婚してほしい」
第2話は、すべてが変わったあの夜のことを正直に書きます。
「離婚してほしい」——意味が、わからなかった
それは、何気ない夜のことだった。
リビングでふたり、特別なことは何もない、いつも通りの夜。夫がふっと画面から目を離して、こう言った。
「離婚してほしい」
一瞬、意味が分からなかった。え、何て言った?今、何て言ったの?
頭の中で同じ言葉がぐるぐる回るのに、うまく処理できなくて。
「……冗談だよね」
そう言うのが、やっとだった。
でも夫の顔は、冗談じゃなかった。いつもより静かで、どこか遠くを見ているような目をしていた。あ、本気なんだ。そう分かった瞬間、胸の奥がズンと重くなった。
まだ結婚して1年ほどだった。こんなに早く離婚なんて、どうすればいいのか全然わからなかった。
「そんなわけない」——認めたくなかった
認めたくなかった。
この人が私に離婚を切り出すなんて、そんなこと、あるはずがないって。結婚1年でもう離婚なんて、そんなことにはならないって。
「この私が?」
「そんなわけない」
「冗談に決まってる」
その言葉を繰り返すことで、現実から逃げていたんだと思う。
それに、恥ずかしかった。結婚してすぐ離婚なんて、周りにどう思われるだろう。そんな気持ちも、正直あった。
夫はその日、実家に帰った。私はひとり、残された家の中で、声を押し殺して泣いた。
謝った。でも、何も変わらなかった
数日後、夫は自宅に戻ってきた。
「どうにかしなきゃ」と思った私は、謝った。ごめんなさい、と。でも夫の離婚の意思は、変わらなかった。
それからの日々は、じわじわとつらかった。
同じ家にいるのに、こんなにも遠かった。あの頃の夫の後ろ姿を、今でも思い出すことがある。
夫はずっと追い詰められていたんだと思う。
笑わなくなっていたのも、目を合わせなくなっていたのも、全部そういうことだったんだと——あとになって、ようやく気がついた。
あの頃の私が、気づけなかったこと
謝ったのに変わらなかった。それがまた、つらかった。
「どうすれば許してもらえるんだろう」「何が悪かったんだろう」——頭の中がぐるぐるするのに、答えが出なかった。
今ならわかる。あのとき私が謝っていたのは、「夫を傷つけてごめんなさい」じゃなかった。「離婚しないでほしい」という気持ちからだった。
謝っているようで、
まだ夫を「自分のもの」だと思っていた。
依存から抜け出せていなかった。それが、あの頃の私だった。
次の話では、別居が始まったことを書く。
怖かった。でもあの時間が、すべての始まりだった。
第2話のまとめ

